1月〜12月掲載
    
   お話いろいろ   2007年号
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                    一 月 号

                 新年あけましておめでとうございます
             皆様にとって、良いお正月でしたでしょうか。 今年も宜しくお願いいたします
            さて私、お陰様で常夏の島ハワイで過ごす事ができました。
            そのハワイで思いもかけず、とっても偉い方との出逢いがありました
            天台宗米国ハワイ開教総長、「荒 了寛」 大僧生様との出逢いです。 
            宗教のことは全く無知な私ですが、その方のかもし出す雰囲気で、どれほど偉い方
            なのか・・・・何となく伝わってくるものがありました。昨今恐ろしい事件が報道されて       
           
 います。 人々の一人一人が心のある人生を送っていただきたく、
            今年の私のブログには月折々、その方のありがたい御言葉を記載していたいと思います。
           そしてまた、面白い話、へ〜!なんて話、最近の心境ナドナドお伝えしたいと思います。  
           
                           「 荒 了 寛 」  様

          <略 歴>
           1928年  福島県に生まれる。
              元上野寛永寺住職「荒真了」大僧正法
10歳で仏門に入り大学院卒業後
           仙台、福島の各地院の住職を歴任。
              1978年 天台宗アメリカ開教初代総長としてハワイに渡り布教の傍ら、日本画、書道、
              染色などの指導を行なう。
              1978年 ハワイ美術院を創設、主幹となる。

             
               人間一人では幸せになれない

              人と人との間から生まれてくるのです


 

                       「 勝組みと負け組み 」

         私はこんな言葉は嫌な言葉だな〜と思います。何時頃かしら・・こんな言葉が流行り出したのは・・? 
         上手く表現出来ないのですが、例えばです。
         運動会でかけっこをしたとします。「よーいどん」と笛を鳴らされて、走ったとします。
         負けようとして走る人はいないと思うのです。
         一生懸命走っても勝つ人もいれば負ける人もいます。 ま、最初から努力しない人は別として。
         人は皆、人生を自分の選んだ道を良し!と考えてそれぞれが一生懸命頑張って走っているんですよね。
         それがなかなか思うようにならないのが人生なのですが。子供のことにしても、商売や、勤務にしても・・・。
         どれだけ努力しても、なかなか上手く行かない場合があります。いえ、往々にして
         上手く行かないのが世の常です。「あの人は、勝組みだねー。」とか「負け組みだわねー。」とか、評論家や、
         ちまたの噂話をされる人がいますけれど、「嫌な言葉を言ってるわー」と聞いていても気分が悪くなる時が
         あります。
         そういう方は、きっと自分は「勝組み」と思っているからなのでしょうか。 
         逆にその方の人格を疑ってしまうことがあります。
         細木数子ではないけれど、一生懸命生きてきても、芽が出ないのは、ちょっと間違った努力をしている・・・?
         分かりませんが・・。そういう難しいことではなく、私が言いたいのは人を「勝組みとか負け組み」と言った言葉で
         片付けちゃう。批評や批判したりすることことが、好きではないだけなのですが。
         どうして、こんな言葉が生まれたのか・・やはり世の中が厳しくなったせいなのでしょうか。 
         一日も早くこんな淋しくなるような言葉が死語になlてくれるようよう願います。そしてせめて私だけでも
         使わないように、年頭に誓いたいと思います。
                      二 月 号

                 感謝と笑顔があれば

               幸せは 向こうから やってきます


                     「スキーに行ってきました」
                今年もお陰様で大好きなスキーに行く事ができました。
.
                   暖冬で富山県にも雪がなくて、スキーをする気分にはならな
                    かったので すが、いつもの仲間が誘って下さって行く
                    ことが出来ました。

                   雪!あるところにはあるものですネ〜!
               2日間、たっぷり滑ってきました。 お陰様で怪我もなく、筋肉痛
                   にもならなくて、次の日の商売にも差し支えることなく動けました。

                     
                
                       三 月 号

                     風で 強い草が わかる
         
                   雪で 強い木が わかる

                   挫折して 人間が わかる


 「CT−FM」 先日ひょんな事からローカルではありますがシティーFM生ラジオ番組に生出演
する事になりました。 タイトルは女将さんシリーズ「元気発信」。
バトンタッチされた訳です。  ディスクジョッキーのようなものですが
AM11:30〜12:50迄。想いでの曲をはさみながらの結構、長いトーク番組でした。
 何を話したかといいますと、私の、生き様を通うし、女将として妻として
自分自身の闘病生活、母親、姑との苦労。義母の長年にわたる看病を乗り越え、
今尚且つ、イキイキ、ハツラツと女将業をしている。そういった、お話をしました。  
依頼されたインタビュアーさんは、まさか私がそんな凄い人生を歩ん
でいるとはご存知なくて、番組を進行しながら、とても驚いている様子でした。  
でも、私はこれは良い機会だと思い、かなり恥ずかしい思いをしましたが、語らせて頂きました
 既に、大人になった息子や娘(嫁ぎましたが)、孫もいますが、この家族達に
何か形にして残す事ができるかもしれない。いいチャンスだと考えました。
そして、これから先 いかなる困難に遭遇してもそれらは、すべて自分の心の
もち方でどうにでもなる。一度しかない人生ならば楽しく過ごしなさいと、伝え
ることができる。
 本当に困難は突然やってきますねー。通らなければならない苦難の道はどう
あっても乗り越えねばならない。・・であれば、いやいや乗り越えるのではなく、
「これも試練」と受け止めて、あまり重く感じず、楽しく人生を過ごしてもらいたい。
 ラジオ局のディレクターさんが、このトーク収録をCDにして下さいました。
ありがたい! 本当に感謝!です。
振り返ってみると私の人生いろいろありましたけれど、その節々にとっても素晴らしい方々に巡り合ってる。 不思議・・。 まだまだ、ガンバリマスヨーー!
あ・り・が・と・うー(^−^)/~~~~

                       四  月  号
           
               自分の力のすべてを出しきったのなら
                                                                                どんな結果でも 自分を誉めなさい                             

            
「岩城宏之」
H19年3月26日亡
指揮者。音楽のことは全く無知な私ですけど、先日ふとTVを観ていたら
この方の事を報じていました。音楽を志していた若い頃、失恋のあまり
自殺を考え、汽車に乗る。
その時手にしていたベートーベンの譜面をただ目で追い続けていたら、
だんだんその曲に心をうばわれ死ぬのをやめたということです。
ベートーベンの曲に命を救われたのであります。それからの彼は、音楽家
として指揮棒を振るようになり情熱的な指揮者になるのですが、あまりに
も激しくタクトを振るが余り、首の難病に見舞われ首が動かなくなります。
聴覚を失いながらも素晴らしい曲を生んだベートーベンに自分を重ね合わせ
30回もの手術に耐え、それでも指揮者を辞めることはありませんでした。
73歳で亡くなられたのですがその15分前迄ベートーベンの全曲1〜9番
をオーケストラに目で訴えながら9時間にわたる指揮をされたというお話
です。この「岩城宏之」さんが言ってらした言葉の中に
「こうやろう、変わったことをやろうとは決しておもわない。譜面のままに、
自然のままに」と。
今の私の心境と、やはりオーバーラップするところがありまして、
「自然のままに・・・」 歳を重ねる事により、健康に不安を感じたり、衰えに
不安を感じる余り、焦りを感じたりしてしまいます。
特に、変わった事をことをすることなく、自然のままに・・・いい言葉です。
               
                      五 月 号

                  生きているのだからいろんな

                事がありますよ


                  それが生きてると いう事です
                            
                    
                ゴルフをされる方はご存知と思いますが・
                 Sony オープンなどで活躍しているゴルファーさん。
                 まだ16〜7才?かと思うのですが・・
                 名前は〇〇藤川だったかしら〜。
                 この頃、人の名前がナカナカでてきませんです
ハイ(^^;)
                 何が言いたいかと申しますと、この年齢で、凄い紳士なんです。 
                 「すみませーん、写真撮らせてくださーい!」「OK!」 
                 サングラスを外して気さくにさっと。 なんとも、自然体。
                 日本の16〜7才の青年ならどうでしょうか。
                 世界が注目する人物は、中身も違うのでしょうか。
                 上手く表現ができませんけど、感動しました。
                 
                           
                       六 月 号
 
                 生きよ まず 生きよ

                  生きていれば いいことが

                   きっとある

                    
「年金記録
  不備問題
    要チェック」
ズバリ名前の読み違い!私、本名は扇浦(おぎうら)です。
ところが、おおぎうらと登録されていたんです。
店主が割烹扇を開店する前(修行期間中)勤務していたのが
確か株式会社の中の料理部門だったはずなのに・・。
しかし、記載されていなかったのです。
結構長い期間なのに、社会保険事務所が「登録されていない!」というのです。
 店主も若い頃の事だったので、変だなーと思いつつも働いていたところが
そういった手続きをされてなかったのかな?と。
 ところが、取引銀行さんが新契約が欲しいので、保険事務所で再度調べられたのです。
そしたら名前の読み違い、入力違いということで浮上したのです。銀行さんに感謝です。
まだ、現役ですから年金は受け取れないのですけれど、こういった、読み違いや、
男性か?女性か?紛らわしい名前で男なのに女性になっていたり、またその逆であったり。
 これは大変な事だー!と思ってTV局に投書しました。そしたらどうでしょう。
その日の夕方のニュースにそのことが報道されていたのです。
たまたまタイミングがあったのでしょうけど驚きました。
そしてここ数日、そのことがすごく取り沙汰されています。
もし、おかしいなーと思うことがあれば、色々な角度から調べられると良いかもしれませんね。
ヨカッターー!解って!!
                          七 月 号
        
                       苦しくて 当然
                    
                     悪くて あたり前と

                    思っていれば どんな 人生も 

                    なかなかの ものです

 「明治座で」 「水戸黄門」観劇してきました。TVもほとんど見ないのですが、東京に用あって行く事になったのです。
でも「時間が余るなー!せっかく富山から飛行機で行くんだから有意義に・・」色々な劇場を検索してみました
が時間があわない。それで水戸黄門にしてみました。ストーリーはとても簡単しごく。分かり易い(^-~)
ただ驚いたのは、由美かおるが非常に?異常に?若い!!噂にはきいていたけれど、本当にピチピチ
してる! まるで十代の子供の様です。 キット大変な努力をしているのでしょうね。
それとか、幼いときからのバレーかなー。 今日までの環境も穏やかだったのかしら。
これは本当に見た人しか分からないカモー。 10才や15才若く見える人は、まあまあいらっしゃると
思いますが・・。 私も、まだまだガンバローっと! これは表面だけを磨いてもダメですよね。
内面も、くよくよせず、明るく、前向きにーー(^-^)/

                         八 月 号

                    生まれを 選ぶことは

                    できないが

                    生きる方は 

                    自分で選ぶものです

          

名前に感謝!
私の名前を付けてくれた親に感謝というのが正しいのかも知れない
私の本当の名前は玉恵と書きます。父親は、珠恵とつけたかったそうです。
戸籍を登録した際に、母が勘違いして玉恵と登録したのでそのまま今日まで
きたわけですが、
子供の頃から、このタマエと云う名が余り好きではありません
でした。 
友達から「タマ・タマ!」って、ネコのようにを呼ばれることがどうも嫌で
、「親に名前を変えてもいい?」なんて聞いたものです。
ところが最近になって、ある方から「なんていい名前でしょう。親に感謝しなくてはね」
て云われました。その方のいわく「玉・珠は○マル円を表します。これは永遠の生命
を意味するもので、例えば大病をしても生還してくるんですよ」と。
人間ですから、いつかは亡くなるでしょうけれど、志し半ばで亡くなるのはつらいです。
私は嘗て何度も大病をしたにもかかわらず生還でき、子供の成長を見てこれました。
この名前をつけてくれた親のお陰かしら・・・なんて。
この歳になって、今は無き両親に感謝!を感じています。今、この歳になっても
周りの親しい人達から「タマちゃん」て呼ばれているのですけれど、ちょっといい気分。
                    
                        九 月 号

                       生ぜしも

                     ひとりなり。

                  死するも独りなりけり

                   されば人と共に

                  住するも 独りなり。  

                                     
             (生まれたときも一人、死ぬときも一人である。だから他の人と
                     共に住んでいるときも 一人である。)

                            
ミニュチュア
ダックス・フンド
「何時なんどき何事が起きるか分からない!」よく耳にする言葉です。 
商売をしていますと、日々これでもかー!なんて色んな出来事があります。
商売とは関係無いお話ですが。
 実は一週間前、とても可愛がっていた私のワンちゃんが、朝めを覚ますと、腰がぬけたように
なっている。驚きました!!あわてて、病院へ。 
胴の長い犬になりがちな悪性にヘルニア。 前々から兆候があったとはいえ、こんなに
ひどくなるとは・・・・。 下半身がしびれて、全くあるくことができません。
可哀想で、ショックで、涙がポロポロ・・。 でもワンちゃんは(さくらって言うんですけど)
しびれているものだからさほど痛がらない。それだけでも幸いといいましょうか。
  さて、考え方ですが、悩んでいてもしょうがない。 前向きに、さくらの満足度を考え、
世話をしてやらなくっちゃー。
 それと、もしかしたら神様が、犬を通して私に介護の経験をさせてくださっているのかしら・・と。
人間もいつかは必ず病気になり、動けなくなり死んでいく。
家族・友人・知人・だれでも突然なくなると、もっと驚き悲しむでしょう。
でも、こうやって、だいたいは徐々に体が悪くなって死んでいく。
その介護は、やはり廻りの者が、甲斐甲斐しくしてあげなくてはなりません。
 そして、別れの心の準備をしていく。
神様は、きっと私に大きなダメージを与えないよう、心の準備をさせていただいて下さっているのカモ。
そのように考えることにしました。だって、さくらだって家族だモン。
 
                     十 月 号

                 いい仕事 して いる人は

                 いい顔を して います

                 仕事を 楽しんで いる人の

                 顔は 輝いて います
                                
 「もう遅い」は
      ない ?
この場を借りて・・実は私、今年の5月で還暦を迎えました。
私より若い方は、年だね〜!って思われるかも知れませんし、
もっと年上の方からみると、まだまだーー!と感じられるかも知れません。
ただ言える事は、心に対して体が着いてきてくれません。「体力に限界を・・」
嘗ての横綱、千代の富士がこう言って引退をしました。
自分自身が、こんなに早く還暦を迎えるなんて信じられません。
 私の実家の母は昭和44年、61才で亡くなりました。
その頃の母はとても年老いていたように覚えています。
自分でいうのも可笑しいのですが今の私はまだまだいけてる。(^-^)/
体力は衰えつつもありますが、心は何故か限界を感じていない。
 「もう遅いはない」といった言葉を耳にしました。
この年になりに何かにチャレンジしてみようかしら・・・。
ハワイで車の国際ライセンスにチャレンジしてみました。
インストラクターさんを予約して、4〜5回路上運転の練習をしました。
なんとか、筆記、実地とも合格し、免許を収得することができました。
やれば出来るものですね〜〜。 ありがたい。
これを取るにあたって、こんな我侭を聞き入れてくれた家族の応援と、協力。
留守の間、従業員が店をとても頑張ってくれたお陰です。
またまた皆に感謝ーー! 
 「 大変 」は
     やめよう

「ホントもう大変!」 口癖の方がいらっしゃいます。
主婦をして、子供を育てて、仕事をもって、妻をして、姑のお世話をして・・・etc。
では、その中のどれかをはぶけば楽になるのか・・。はぶいた時は楽になったような
気分になる。しかしまた、まだまだアレもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と「大変」
が始まる。 とめどなく「大変」。
二つほど手抜きをしてみる。しかしまた不足、不満が沸いてくる。 
そしていつもいつも「大変ダー」といっている。 
 新婚当初、主人に甲斐甲斐しくお弁当を作っていたのに、めんどくさい。
今はそれもしない。夕飯は外食してくれないかしら・・なんて。
 本当に楽を言い出したら きりがありません。
歯止めをどこにするか? 考え方一つで、なんともなくなる。
「大変」と思わない。 それしかないのです。
人生、一回しかないのです。周りの人と比較するから 大変なのです。
楽をしている人が目に付くから 大変なのです。 これが自分に与えられた人生。
自分が選んだ道と思えば、大変な事も「ま、しょうがない」と割りきれる。
 そうすると、以外に大変な事も大変でなくなる。人生楽しくなるんですね。
大変、大変人生嫌になっちゃうと暮らすか・・。「こんなこと、なんでもないさ」と
フットワーク軽やかに人生を暮らすか。 意外と後者の人達には楽しい人や、楽しい
出来事が、集まってくるものですね。 伊達に年は取らないものです。
こんなことも、言えるようになりました。 少し偉そうだったかな。 
ゴメンナサイ m(..)m


                      11 月 号
 
                
 う ら を 見 せ
              
                 お も て を 見 せ て

                 散 る も み じ 

      
         (秋の夕暮れに、はらはらと裏を見せ表を見せながら、紅葉の葉が散って行く。
             若いうちは表を飾り、裏を隠すようにしているが、老いてくれば、表も良し裏も良し、
              表裏がそのまま人間の本来の姿なのだ)


 「中年だからこそ」 厳しい言い方かも知れないけれど、一言で言えば勘違い。
「あなたとっても若く見えるワー」確かにとっても若く見える方が沢山いらっしゃいます。
その言葉をそのまま受け取って、
(構わないのですけれど・・)勘違いしている方がいらっしゃるように
思えるのです。
・・けれど、どう頑張っても20代には見えないもので、5才か、10才若く見えるのがいいところ。
ところが、妙に若作りしている人を見かけます。ピチピチのTシャツを着て、足に張り付いたような
ジーパンをはいて、じゅずのようなネックレスを首に巻いて・・と。 
しかし、いくらスタイルが良くても、下腹の膨らみは隠せない。 肌の艶も20〜30代には見えません。
でも私が思うに、40代からの女性も捨てた者ではないと。しっとりとした色香もでて女性としては
絶頂期ではないかと。50代の女性も落ち着きがでて人として深みがあり綺麗な人は本当に
綺麗です。 無理にとてつもなく若作りしている人を見ると、かえって老いる事への焦りを感じて
みっともなく見えてしまうと思います。
 メークも塗りすぎはどうか・・と。洋服も最新のアイテムばかりを取り入れるのではなく、要所要所で
いい素材のものと流行を少しとりいれ、センスの良い着こなしをしてみてはどうかなーと考えます。 
偉そうなことを言ってる私はどうかといいますと、決して高級なものを身につけている訳ではありません。
以前から持っている洋服に そこそこのお値段の新しいものをとチョット組み合わせている着ています。 
品を落とさないようにだけは気をつけています。
パーティーには、タンスの肥やしににならないよう、持っている着物を着るようにしています。
やはり、日本人ですし、親からのお下がりも利用したいですから・・。

「中年の恋は
     痛々しい」
恋をすれば、お肌が艶々になる。「誰かいい人いないかしらーー!」って(^-^)/
まだまだいける!主人に内緒なら不倫だってェーやれないことはない。半分本気。
女同士が集まると、冗談とは言え結構、淫らなことを言ったりしてる。
言わないまでも心の中でそう思っている。マニアックな男性は別として、50も過ぎれば、
男性から恋愛の対象として関心を払ってもらえなくなるというのが現実ではないでしょうか。 
遊びのつもりでも別れは結構心が痛む。どうかすると生きる望みさえ失せてしまう。
若いときと違って立ち直りが遅い。 悲しいけれど、それはある程度事実かも。
特に、日本の男性は若い女性が好きですから、ここは腹を括らないといけない。
「いくつになっても恋をしていたい」「いつまでも女にみられたい」と焦っている姿は痛々しい
気がします。 
だからといって、無理にオバチャンになることはないと思います。
品がよく、綺麗でいれば男性が積極的にくるかもしれません。しかしそういったときにでも、
心の中は否定するのではなく「やぶさかではないナ」と心の中で喜んでいる。
そんな時分が好き!そんな中年になりたい。 結構中年を過ぎている・・ワ・タ・ シ  (^^;;)
ハハハ

                     12 月 号

                 富める人は みな幸福ですか

                 貧しい人はみな 不幸ですか

                 幸せも 不幸も 心の貧富の中にある


                 ( 病いなきは無上の利 足るを知る は無上の財
                             信頼を得る は無上の力 涅槃は最上の楽 )


        
   「佐藤浩市」 そう、あの三国連太郎様のご子息です。
先日、当店にスタッフやスポンサー様達とコマーシャル撮りに来富。そして当店にご来店
くださいました。 ブリシャブをテーマにビールのCMです。とても容姿、人柄ともステキな
方でした。 実物を拝見すると興味が湧くものですね。 
今、「風の果てに 尚、足るを知らず」 (TVで放映中)のを録画し観ています。
時代劇ですが、今の世の中の人の心を反映させた内容のものです。
 桑山又左衛門役(佐藤浩市)は頭も良く腕もたち、若い頃は将来を夢に見、友人もおり、
尊敬する人もいて、可愛がられ、周りの人からも信頼されていました。
・・・にもかかわらず、気がつくと出世ばかりを重んじ、首席家老にまでのし上がっても
満足せず、親友の忠告もうとましく、逆恨みまでもするようになる。
自分を可愛がって下さった恩義のある方も疑うようになる。
 本当に人は、何処まで満足すれば足るをしるのでしょうか。
考えてみると、私自身結構、底辺から這い上がって来たにもかかわらず、
今の自分はどうでしょう。 結構贅沢が身についてしまって・・・ふと取って付けた
ように我に変えってみたり・・そして家族皆が健康である事に感謝してみたりするのですが、
やはり、まだまだ感謝の心が足りないように思います。
でも、過剰すぎるということだけは、なんとか控えれるようになりつつありますが
このドラマを観て まだまだ立派な事を言えた自分でないことを反省させられています。

   「 こだわりの
      ブリシャブ 」

既に30年も前でしょうか。富山に今は亡き奥井善三郎様と言う方がいらっしゃいました
「扇」を開店して間もない頃のこと。当店のオーナーがそこのお家に呼ばれて
ブリシャブパーティーのお手伝いをさせていただいておりました。
この「鰤シャブ」は、京都のお寺のご住職が「ブリの頭をすてるのはもったいない。」
檀家様にお出しして残ったお酒を「捨てるのはもったいない」というところから始めた
のが、そもそものきっかけだそうです。
土鍋に燗ざましのお酒をなみなみと入れ、沸騰させた中にブリの頭を細かく砕いたものを
シャブシャブと・・ポン酢で召し上がったのが事の始まりです。
残念ながら、奥井様がお亡くなりになられ、ご家族が家でするのが大変。ということから
当店で直伝のブリシャブ宴会をされるようになりました。
 ところが、その中のお客様が、ご自分の鰤のお刺し身をシャブシャブされたところが
「なかなか、これは旨い」というところから、オーナーが、鰤の薄造りを考案。
今は、二代目 扇浦学が指揮をとり継いでおります。
それが、30年も経った今、富山の鰤シャブがヒットするようになりました。
各店で、豆乳でシャブシャブしたものや、野菜と一緒に炊き込んだり、昆布だしのものやらと
されるようになりました。
・・・が、しかし、やはり鮮度の高い新鮮な鰤を豆乳で消してしまうのは、それこそもったいない。
野菜と煮込んでしまいますと、それは鰤鍋でしょう・・と言いたい。
当店では燗冷ましではなく、清酒を使用し厨房にて一度、沸騰させております。
アルコールを飛ばしたお酒といえども、その日本酒のほんのりした香りと、新鮮な鰤の
微妙なマッチングがなんとも言えない美味しさになるのではないかと思うのです。